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社会とサブカル コラムノート

社会哲学と生命倫理を軸に、社会批評とサブカルチャーコラムをただ思うがままに書きたいです。

変わる貧困のイメージ~貧困な人ほど肥満な人が多いアメリカの事例~

エッセイ

 2014年の6月の「たまむすび」内で映画評論家の町山智浩氏がドキュメント映画「Fed Up」を取り上げて、アメリカの食事情と貧困事情を語っている。町山智浩によると、現在3人の1人の子どもが肥満になっていることを指摘している。町山氏によるとアメリカ人の子どもが肥満となる要因として、糖質の摂りすぎていること、田舎ではスーパーマーケットがなく野菜が手に入らない状態の地域があり、加工食品しか食べられず栄養失調状態になっていること、学校給食内でコーラやフライドポテトやフライドチキンなどが出されることを指摘している。

詳細については以下を参照してほしい。
アメリカは終わっている… by tomtom 政治/動画 - ニコニコ動画
町山智浩 映画『Fed Up』が描くアメリカの飢餓・肥満問題を語る

 痩せている人=貧困層、太っている人=富裕層というイメージは今や崩れている。アメリカ社会ではスーパーマーケットが存在しない地域があったり、食品企業が学校内に入り込み、食を支配すりすることで貧困層が栄養失調となり、ジャンクフードや加工食品を食べることで貧困層が肥満になってしまう。逆にスーパーマーケットで生鮮食品を買うことができる層だけが自分の身体をコントロールすることができるのである。
 貧困というイメージは社会の変化とともに変化し、この話を聞いた当時、私の貧困というイメージが変化した。社会は常に半化して、昔の貧困のイメージが現在の貧困のイメージが同じとは限らない。むしろ過去と現在の比較し、その変化した要因を発見と分析し、自分たちの認識を変化し続けることが重要である。

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貧困問題の報道に関する雑感

メディア論

 NHKニュースで、8月18日に子供の貧困の現状を訴えるイベントが横浜市で開催についての記事化された。
その中に出てくる専門学校への進学をあきらめた女子高生をめぐり炎上している。母子家庭で、彼女自身もアルバイトして生計を立てている一方で2万円の画材道具をめぐり、NHKはねつ造したとか、彼女は貧困ではないとか炎上しているようだ。

子どもの貧困 学生たちみずからが現状訴える | NHKニュース
子どもの貧困 学生たちみずからが現状訴える - YouTube

 NHKニュースWEBの文章には以下の指摘がされている。

子どもの貧困率 最悪に

厚生労働省によりますと、貧困状態にある18歳未満の子どもの割合を示した「子どもの貧困率」は、平成24年時点の推計で子ども6人に1人の割合に上り、調査をはじめた昭和60年以降、最悪となっています。
なかでも、母子家庭など「一人親世帯」では半数以上が貧困状態で、先進国の中でも最悪の水準です。こうした子どもの貧困は、進路にも深刻な影響を及ぼしています。厚生労働省が平成23年度に行った調査では、一人親世帯での大学や専門学校などへの進学率は40%余りで、ことし5月時点での全世帯の進学率と比べて、およそ30ポイント低くなっています。また、文部科学省がおととし行った調査では大学や短大を「経済的理由」で中退した若者は1万6181人に上り、全体の20.4%を占めて最も多くなっていて、前回5年前の調査より6.4ポイント増え、貧困が子どもたちの将来に大きな影を落としています。
さらに子どもたちが経済的な理由で学習の機会を失うことで、将来十分な収入が得られず親の貧困が子どもにも引き継がれる「貧困の連鎖」が広がっています。

引用:子供の貧困 学生たちみずからが現状訴える NHK NEWS WEB 2016年8月18日 

 NHKが指摘しているように、統計的には子供の貧困、そして一人親世帯が貧困状態であり、仮に進学しても経済的な理由によって退学する者が存在している。こうした統計的な数値とは別に、家族の問題で自己責任(親が浪費癖による借金、就労意欲がなく収入が少ないなどによる貧困)あるいは当事者の甘え(自分はかわいそうな存在ですべては社会が悪い)といったことから生じる感情あるいは身近にいるどうしょうもない理由で貧困になった人の存在を思い浮かべて、人々が貧困の問題に嫌悪感が生じ、再分配や政策的な解決に向かっていかないのが現実である。

可視化される貧困と解決されない現実
 貧困をめぐる問題は多くの書籍や雑誌、テレビなどで可視化されてきた。鈴木大介『最貧困女子』(幻冬舎新書)、NHK「女性の貧困」取材班『女性たちの貧困 “新たな連鎖"の衝撃』(幻冬舎)、水島宏明『ネットカフェ難民と貧困ニッポン (日テレノンフィクション 1) (日テレBOOKS―日テレノンフィクション)』など、貧困に置けれた当事者の生々しい姿を描写してきた。
今回のNHKニュースも貧困状態にある女子高生を取材し、その声を放送した。ただ統計的な数値を報道する、あるいは会議の内容を紹介するだけでなく、どうしても貧困状態にある当事者の声を放送することで、より問題をリアルかつ深刻さを伝える上で重要だと思う。
 一方で多くの情報が氾濫し、ジャーナリストやフリーライターあるいはテレビ局が貧困状態にある当事者の描写が増える中、なかなか再分配や政策に結び付かず、政治を動かすに至っていない。貧困当事者を描写は、貧困問題を考える上で重要な資料を提供している。その一方でやはり取材して描写するだけであり、法律や経済学などの政策方面に弱く、ジャーナリズムやライター、そして一部の社会科学者たちの力不足は否めない。「~べき」という議論が先行していて、現実的な財源でどのような配分すれば、最大多数の最大幸福が実現できるのかを示すことができていない。
 また当事者の描写が増える中で、よりひどい貧困状態を求め、その当事者が本当に貧困であるのかという疑いの目で見られてしまう。今回のNHKで取り上げれた女子高生について、貧困な状態なのに、高級な画材道具があるのか、果たして貧困状態といえるのかという疑いの目で見られてしまった。確かに探せばもっと貧困状態の人がいるかもしれないが、その当事者の声はあくまで個別性に過ぎず、全体的な問題である貧困問題や教育格差、貧困の世帯間連鎖の問題などに向き合わなけれならない。

おわりに
 今回のNHKの報道は不用意であるが、当事者の声はあくまでも個別性に過ぎず、全体的な問題である貧困の問題、子どもが自ら望む将来を経済的な理由で挑戦できない問題を忘れてはいけない。

ポケモンGOを利用した観光復興に関する雑感

サブカル 社会情報学

 東日本大震災熊本地震で被災した岩手県福島県宮城県熊本県が「ポケモンGO]を利用し、観光復興事業を始めると8月10日に発表された。
ポケモンGOで観光復興=地震被災4県とコラボ (時事通信) - Yahoo!ニュース

 私は「ポケモンGO」をやっておらず、ほとんどゲームをしない人間であるが、果たして「ポケモンGO」で観光復興するのか。私は観光復興しないのではないかと思う。そもそもポケモンGOをするために旅行するわけではない。そこの被災地に行くより、地元の県で人口が集中している場所に行く方が安上がりである。「ポケモンGO」始め、アニメやゲームが単なる地元県や企業活動や商品を宣伝する手段でしかないことについて戸惑いを感じる。それは作品をより知ってもらうためにしかない側面はある一方、作品そのもの批評やゲーム示す可能性に着目してもらえないことについて残念に思う。

 「ポケモンGO」の報道に興味深いことは、拡張現実(AR)についてである。スマートフォンをかざすことで、現実にポケモンがいるように見える技術に関心を抱いた。AR技術を使うことで、観光場所について、スマートフォンをかざすだけその場所の説明や案内がでてくれば、現実の看板が必要なくなり景観を良くするだけでなく、外国語からやってきた人たちが母国語による説明や案内することで多文化社会にとって必要になる可能性がある。
 技術課題があり、AR技術についてまだまだ発展途上であるが、日本で拡張現実に取り組む企業を応援したり、またAR技術を使った観光事業や都市整備などを行うべきである。
 「ポケモンGO」というゲームというネームに引きずられることなく、AR技術がもたらす社会の影響を考えつつ、私たちがどのような利用をしていくべきか考えるべきだ。「ポケモンGO」はAR技術を使った新しいゲームの可能性またはAR技術による社会の影響について注意深く見守りたい。

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フジテレビの石田純一特集を見ての雑感~芸能人の政治活動の自由について~

メディア論 政治

 8月10日になんとなく「バイキング」を見ていて、今週の石田純一をやっていた。この特集を水曜日に、3週にわたりやっているそうだ。
 正直内容については、流し見をしていて覚えていないが、東尾理子をゲストに呼び、石田純一のブログをひな壇の芸能人たちがあれこれ喋っているだけ覚えている。
 正直、どうでもいい内容である。石田純一が、東京都知事選挙出馬騒動によって、芸能界やテレビ業界たちがどう思っているのか分からない。個人的な石田純一の出馬騒動の意見として、石田氏にも選挙に出る権利があり、政治的な意見表明する自由がある。こうした政治活動はたとえ芸能人であったとしても、基本的に自己責任で自由で行い、そのリスクと責任を引き受けなければならない。石田純一の問題は、突き放した言い方をすれば、自分自身の問題である。こうした問題について、テレビ番組が石田純一のブログを勝手に取り上げて、おもしろおかしく取り上げることについて、やりすぎでないかと思う。
 芸能人が政治的な活動することについて自己責任で行っているのであれば、メディアはこうした芸能人をおもしろおかしくいじることは許されない。なぜならば、芸能人が政治的な発言することした場合、「バイキング」のように取り上げれ方をすれば、視聴者に政治的な発言した芸能人を悪い印象を与えてしまい、その結果、芸能人が政治的な発言しにくくなる状況をつくってしまう。
 石田純一の発言や出馬のタイミング、政治思想や政治家になる覚悟など政治的評価とは別にして、政治的な発言をすることについては自己責任の範囲で行うことについて尊重しなければならない。こうした芸能人が自己決定による行動が尊重されず、さらに政治内容を取り扱うメディア(バイキングも政治内容も一応取り扱っている)が尊重しない態度は、自由な言論空間や表現の自由の委縮につながってしまう。だからこそ、今回の「バイキング」の取り上げ方について、疑問を呈し、批判しながら、芸能人の政治的な発言や自由な言論空間や表現の自由について考えなければいけない。

都知事選挙に関する雑感③社会学業界の衰退

政治 社会学

 今回の都知事選挙で、社会学者とりわけジェンダー論やフェミニズムを専門とする論者の劣化を感じた。
 社会学業界の劣化について、学生時代に、宮台門下生の社会学者とよく話し合っていたが、私とその社会学者のジェンダーフェミニストを専門とする人たちが認識や言説が硬直化しているという話になった。こうした社会学業界の劣化に思うことについて書いていきたい。
 
 千田有紀は『都知事選劇場、小池百合子さんを応援する人の心理学』をヤフー個人で掲載し、千田氏は小池氏を「女性らしく」なんかないという評価をしている。しかし、こうした評価は、女性性や男性性という固定概念をもとにして、小池氏を評価している。本来、ジェンダーフェミニズムは固定概念を変化させる運動をしていたはずだ。小池氏の発言や内容について不安はあるかもしれないが、それを女性らしくないというだけで評価する姿勢について適当かを考えなければいけない。
 都知事選劇場、小池百合子さんを応援する人の心理学(千田有紀) - 個人 - Yahoo!ニュース
 また上野千鶴子は、選挙後にツイートで、今回ポピュリズムの風は「女」に吹いた。「女なら誰でもよいのか?」という訴えは浸透しなかったと述べていた。
はてなブックマーク - 上野千鶴子さんのツイート: "都知事選。今回ポピュリズムの風は「女」に吹いた。投票率が上がっても結果は同じだっただろう。組織選挙では戦えないことがわかったが、「女なら誰でもい
 今回、小池氏は女性初の都知事となることを期待して投票した人もいるだろう。しかし、小池氏のこれまでの政治実績、小池氏の都政や自民党都連の改革に期待する人もいたはずだ。選挙活動では、小池氏は環境を言イメージしたグリーンを意識し、都政を改革を訴えてきた。また鳥越俊太郎氏の問題点もあり、投票が伸びなかったのではないか。また「厚化粧」発言をした石原慎太郎瀬戸内寂聴を批判しなければいけないジェンダー論者やフェミニズムが大きな声を上げなかったことから、敵であればどのような批判も許されるのかという態度を示していて、ジェンダーフェミニズムを専門とする者にとって大きなマイナスポイントである。
 こうした千田や上野といった社会学者の言論を見ていると、社会学業界の衰退を感じる。本来は、主要三候補者の比較を行い、なぜ小池を支持されるのか(消極的な理由を含む)、現代の政治の特徴の分析を行分ければいけないはずだ。上野や千田たちは、小池氏を男性性や女性性という固定概念に縛られた評価を行い、本来、男性性や女性性といった固定概念を批判する運動を続けたきた彼女たちにとっては大きな後退を意味していると思う。
 価値判断に基づく、批評や分析することは大事であるが、その価値判断に縛られてしまい、なぜ小池氏が支持されているのか、なぜ鳥越氏が支持されなかったのかなどの認識ができていない。また自分たちの価値観から外れた人たちを批判を行い、嫌悪感を示すことで、その価値観についていけない人たちを置き去りにしているのではないかと感じる。

 自分たちの価値観に基づく認識や言説を何も疑いなく続ける社会学者の現状に危機を感じる。社会学は、今起きている現実や価値観をを疑うことから始まる。しかし、今起きている現実や価値観を疑うことなく、自分たちが作り上げた価値観に基づく相手批判を行っている限り、社会学ジェンダー論、フェミニズムは衰退し続けるだろう。

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