社会とサブカル コラムノート

社会哲学と生命倫理を軸に、社会批評とサブカルチャーコラムをただ思うがままに書きたいです。

都知事選挙に関する雑感②増田寛也と鳥越俊太郎編

 前回、都知事選挙に関する雑感で小池百合子のことを書いたが、選挙が終わって4日経つが、シリーズを書いておきたい。」
増田寛也 
 岩手県都知事を3年間勤め、「地方消滅」(中央新書)を書いた人である。選挙では、実務家として評価されつつ、知名度がなく、さらに自民党支持者や公明党支持者が、小池に流れてしまい、179万票以上を獲得するも、敗れてしまう。
 今回の増田側の敗北の要因は、自民党の都連にあるだろう。櫻井俊氏が出馬の意向がないのに、ぎりぎりまでひっぱたり、小池の勝手に出馬宣言して混乱の中で、増田氏に決定した経緯がある。そして増田氏を必死に支えなければいけない選挙活動で、議員、さらに親族も含む者が推薦した候補以外を応援した場合、除名等の処分する都連の通達を出し批判され、石原慎太郎が小池氏に「厚化粧」発言するなど、増田氏への指示が広がらなかった。
 終始、今回の選挙で恥をさらし続けた自民党都連、さらにその選挙での敗北によるダメージは大きいだろう。今回の小池氏出馬の経緯、若狭勝が自民党の通達を破り小池氏を応援するなど、今回自民党参院議員選挙で勝利したが、自民党の党内基盤が揺らいでいないのか、安倍体制に不満を持つ議員が今後出てくるのか、今後の自民党にとって重要なターニングポイントになるのではないかと思う。

鳥越俊太郎
 民進、社民、生活、強酸の統一候補として出馬し、宇都宮健児が出馬を取り消して、鳥越氏の一本化してしまった。今回、民進党は、蓮舫長島昭久の名前も出るも出馬しなかった。石田純一や古賀茂明の名も出るも、参院議員選挙の結果を受けて出馬を決意した鳥越俊太郎が出馬宣言して、野党統一候補として都知事選挙を闘うことになる。リベラル派の受け皿を期待されるも、高年齢で病気持ちであること、発言の安定性の無さ、政策公約の準備不足であることを発言、そして自身のスキャンダルを週刊文春週刊新潮が報じられ、その対応に誤り支持が伸びなった。さらに石原氏の小池氏に対する「厚化粧」発言を、鳥越支持者の瀬戸内寂聴が小池氏を「厚化粧」という発言するなど、支持者も足を引っ張ってしまった。その結果、小池氏にダブルスコアを付けられ、134万票しか獲得できず敗北した。
 週刊誌のスキャンダルに関しては、鳥越は刑事訴訟することを訴えたが、私の持論はそのスキャンダルを認めて、その問題は当事者同士で解決済みであることを主張して、堂々としていれば良かったのではないかと思う。ジャーナリストとして、他の選挙候補がスキャンダルが報じられたときに、質問するというのは行動原理として鳥越氏は分かっていたはずである。こうしたスキャンダルに対して、解決済みであることを主張して、刑事訴訟しなければ印象が違っていたのかなと思う。
 今回の野党統一を候補の敗北受け、民進党内が内紛しており、とてもじゃないけど、自民党政権に対決する勢力になりえないだろう。自民党公明党主義主張は異なるけど、お互い妥協しながら政権を運営してきた。
 どんな選挙制度を導入するにしても、複数の政党の協力は必要不可欠である。民進党はじめ野党には、安倍憎しだけでなく、政策論争を行い、考え方が異なる政党でも、コミュニケーションを通じた妥協し、政治を動かす方向に向かってほしい。
 また野党の支持者やリベラル派は、今回の選挙を反省し、自分たちの内部を鍛える言論を行い、次回の選挙を目指して頑張ってほしい。

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都知事選挙に関する雑感①小池百合子編

 私は東京都民ではないので、今回の選挙に関する雑感を述べたい。正直に誰がなった微妙な候補者だった。
これからどうなるかを考えると、想像つかないが、少なくても4年間、東京都知事の座を維持してほしい。

今回当選した小池百合子は、自民党でのいくつかの大臣経験した人である。そんな小池氏は、都知事選の候補として、自民党(東京都連)とのいうことを聞かずに、出馬した。女性初の都知事ということまた組織でなく個人の力、そして知名度、政治実績を武器に選挙活動を行い、無党派層だけでなく、自民党支持者や公明党支持者から支持を得た。
 一方、ジェンダー論者たちが小池に対する批判が上がった。7月の日本テレビの「バンキシャ」放送で、古市憲寿が、小池氏のかつての発言で、「結婚が消極的なのは男性が元気がないから」という趣旨の質問を小池氏に行い、小池氏は古市の質問に答えず、男はもっと積極的にならないという発言をしていて、ジェンダー論者が懸念する気持ちは分からないでもない。
 しかし、福島瑞穂は「外は女装して中身はタカ派の男性だった意味がないじゃないですか」という発言に批判された。
「女装してても中身がタカ派の男性」 福島瑞穂氏の小池百合子氏評が物議【都知事選2016】 : J-CASTニュース
 また社会学者の千田有紀小池百合子を「都知事選劇場、小池百合子さんを応援する人の心理学」という記事では、「女性らしくない」、「タカ派」という趣旨をヤフー個人内で評価している。しかし、記事のタイトルであるはずの小池支持者がどのような心理で支えているのかという内容でなく、小池氏の過去の発言から千田氏が小池氏が支持しない理由という内容になっており、小池氏に対するレッテル貼りになってしまったいる。
都知事選劇場、小池百合子さんを応援する人の心理学(千田有紀) - 個人 - Yahoo!ニュース
 ジェンダーは本来、男性性や女性性という偏見を正していき、人々の認識を変化させるための運動が行ってきたが、そのジェンダー論が男性性と女性性という認識を使い、小池氏を批判をしたことについて私は残念だと感じた。


 小池氏の課題は、都議会の関係であろう。冒頭解散の発言が飛び出したり(議会が小池氏を都知事に承認しなかったときに解散すると述べている)、また議会多数派の自民党を批判したりなど、不安定要素である。都知事に選ばれた民意があるため、すぐに対立することはしないだろう。しかし、小池氏のスキャンダルや小池氏の発言によって、議会が小池氏との敵対関係になっていくのではないか。地方自治はオール野党であり、選挙時にどこも政党の推薦をもらえなかったことから現時点で議会で小池氏を明確な支持している政党がなく、いつ小池氏に見切りをつけられるのか分からない。仮に新しい政党を作るにしてもどこから人を集めるのか、小池氏の都政は前途多難であるというのが私の評価である。

 東京オリンピック、待機児童、介護福祉、耐震問題、満員電車の解消、そして行政改革など東京都に課題があるが、これからどのような都政を行うのか、見守っていきたい。

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くまみこ最終回の所感と雑感

くまみこの最終回が炎上しているようだ。最終回をニコニコ配信で、先週見ました。その最終回を見た所感と雑感について書きます。
好意的に解釈すれば、クマ井ナツの雨宿まちと離れたくない思いや都会への恐怖心の思いがまちが仙台でのアイドル活動の失敗、都会の人への恐怖心、そしてまちとナツが熊出村に残って楽しく生活するという結末になったのではないかと思いました。
たびたびナツはまちに対して都会への恐怖心を煽ったり、11話ではまちのアイドル活動の失敗を願っていたことから、最後の演出は好意的な解釈をすれば理解できます。

しかし、まちがあまりにもかわいそうで、不快でした。
アイドル活動は半ば強制、良夫や村人によるまちへのセクハラ、そして良夫がまちを熊出村の活性化のための犠牲にしても良いという発言など、まちが都会への憧れ、村を出て自立したいと思うことと同時にナツのことが好きという思いが踏みにじってしまう演出だったなと思いました。
まちちゃんにとって初めて都会で、人の視線が多いアイドルコンテストで一度くじけながらも、それでもアイドルコンテストに帰ってきて、ナツの声が聞こえたことで平常心を取り戻し、パフォーマンスした姿に胸を打たれるものがありました。
まちちゃんの都会や人間関係への恐怖心やナツの試練やスーパーのアルバイト、アイドル活動など失敗しますが、それでももを少しずつ前進し頑張ってきた、まちちゃんの思いを踏みにじる演出だったと思います。頑張ったアイドルコンテストの会場の拍手が、都会や人間関係への恐怖心からくる石を投げつけられる妄想や嫌味を言われる妄言の過剰な演出、そして周りのナツや大人がまちを励まし、すこしでもコンプレックスを和らげ、まち自身が成長した、これから頑張りたいと思う描写がなかったことが残念だった思いました。

くまみこは、まちちゃんが本当にかわいく描かれていて、とても素敵な作品ったと思います。
2期があったら、また見てみたいです。
くまみこの関係者様ありがとうございました。

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スポーツと賭けごと~勝敗=金銭という動機づけの懐疑~

 プロ野球読売巨人軍が自分のチームの公式試合の勝敗を対象に現金の授受を行っていたことが明らかになった。時事通信社によると試合前の円陣で掛け声担当した選手が、その試合に勝った場合は他の選手から5000円ずつを受け取り、負けた場合1000円ずつ払う仕組みになっている。
headlines.yahoo.co.jp
 日本テレビ系によると、このやりとりは2012年から始まり、金銭のやり取りは、チームの成績が悪かった時から始まり、その後も、成績が良くなってきたので定着していったとある。
headlines.yahoo.co.jp
 NPB(日本野球機構)は賭博にあたらないため、去年の11月の報告に記載しなかった。巨人軍は「八百長につながらない」としたがこのやりとりを禁止したとある。
 
 私は、この問題は、この自軍の試合を賭けごとの対象にしたことである。それは、もちろん試合を賭けごとにしたということであるが、その賭けごとが試合の動機づけとして利用したことである。2012年ごろ成績が悪かった時に始まり、成績が良くなって定着してきたとみると、ゲン担ぎであるかもしれないが、私は自分のチームが勝つための動機づけとして利用していたのではないかという疑念を持ってしまった。
 試合に勝つために、バットで点数を取る、投げて抑える等、勝つ=お金という動機付けで行われているとなるとそれはスポーツマンシップに反しているのではないか。それは対戦相手に対して、そして見ているお客さん(特にファン)にとって失礼なことである。
 スポーツを賭けごとの対象にしてしまうとその動機づけが勝敗=金銭と結びつけてしまう懸念がある。もちろんより成績を収めることで報酬をもらうことは悪ではないし、それによって生活している者にとってはお金はスポーツを続けるうえで必要な物であり、生活する上で必要な物である。
 
 私は以前マイケル・サンデル(鬼沢忍訳)「公共哲学 政治における道徳を考える」(筑摩書房 2011年)を引用し、政治と宝くじの問題を述べた。サンデルは、立場が弱い者に対して夢を与える宝くじを売ることは、自由意思による購入しているのかという疑問を提示している。また、政治が宝くじの収益に依存してしまい、増税や財政カットなどの改革をしないことを批判しいた。

asakura-suguru-64214002.hatenablog.com
 
 今回の事件は、自分のチーム内で賭けごとの話で、その動機づけが勝敗=金銭となることがスポーツマンとして問題がある。スポーツ庁は、今回のことを受けて批判している。
headlines.yahoo.co.jp
 しかし、文部科学省スポーツ振興くじプロ野球に広げようとしていたこと(野球賭博を受けて、2015年10月に断念)から、勝敗=金銭という動機づけに加担しているので、偉そうなことは言えない。
www.asahi.com

 今回の事件から、スポーツの勝敗を賭けごとにして、金銭のやり取り、その勝敗=金銭を基づく動機付けすることに懐疑を向けていくべきではないかと思いました。


 

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政治がアニメを利用することについて―作られるイメージと偏見―

 昨日、セッション22を聞いていて、荻上チキさんが取材のためピンチヒッターに武田砂鉄さんのオープニングトークで、「日本の美」総合プロジェクト懇談会の話をしていて、そのホームページを見てみた。内容は、日本賛美が並ぶ文章、縄文の文化が現在のアニメーションと関わっているというトンデモが並ぶ。
 津川雅彦によると、日本の映画を世界市場を開拓するために、時代劇復興、日本政府が制作費を出すこと、「天孫降臨」をアニメ化など頭が痛いことを述べている。(「日本の美」総合プロジェクト懇談会 議事録 2015年10月13日 第一回 p4 同年12月18日 第二回 p6より)
 正直、大人が述べるに幼稚は発想である。私はアニメが大好きであるが、津川のようなアニメを政治利用し、さらにそのアニメを日本賛美するための道具に使うことに対して憤りを感じている。
 私は、現政権がクールジャパン、アニメを利用した文化政策、文化外交することに否定しないが、上記の利用の仕方に賛同できない。クールジャパンでもてはやされるアニメだが、現状企業広告のための道具に使われ、アニメーションという表現や作品批評などの部分がまったく利用されていないのである。
 私は、某家庭教師のCMのアルプスの少女ハイジのパロディは本作をリスペクトする気持ちがあるのか疑問であり、企業広告として利用されていることに嫌悪を示している。
 経済界では、アニメを企業のための広告、コマーシャルにために利用されるに対して、上記の政治側は日本賛美(しかもトンデモ)のために利用されている。こうした利用は何が問題なのか。


- 作られる日本のイメージと海外からの偏見
 私は、津川雅彦のように日本賛美のためにアニメーションを利用されることに2つの懸念を示したい。1つは、日本のイメージが作られることである。もう1つは、海外からの偏見が作られることである。
 日本のサブカルなどを通して、海外では日本=忍者、日本=すしなどといったイメージを持っている人がいることを聞いたことがある。あるいはジェンダー学では、男女役割分担(男は仕事、女性は家事)を描かれる表現について懸念を示している。
 その表現方法についての賛否はついては触れないが、実際のアニメはじめマンガであれ、ドラマであれ、映画であれ、表現するものはどうしてイメージ(印象)を作ってしまうのである。作られたイメージを相対化するためには多様な情報から、批判的に見る力(メディア・リテラシー)が必要であるが、どうしても限界があり、どうしても偏見が作られてしまう。世界の市場を開拓するために、日本政府が制作費を出費し、日本賛美したイメージを表現したアニメーションを制作することで、そのアニメを見た海外の人たちが、ねつ造された日本像を認識されることを懸念される。この懇談会に出席している人たちは、1000年前の日本人像を海外の人から称賛されることに何の快感を得るのか理解に苦しむ。むしろ、等身大の日本人像、多様な日本人像でなく、海外の人達から彼らたちのイデオロギーを含むアニメを見てもらうことで、日本人像の偏見が形成されることについて、私は懸念を示したい。そして、今後もこの懇談会の内容について批判していきたい。

「日本の美」総合プロジェクト懇談会HP
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/nihon_bi_sogoproject/

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