社会とサブカル コラムノート

社会哲学と生命倫理を軸に、社会批評とサブカルチャーコラムをただ思うがままに書きたいです。

少数者のための社会~とある交通事件から~

1か月前のニュース記事であるが、この問題について考えてみたい。
徳島県で盲目犬と歩いていた視覚障害の男性が前後から後進してきたトラックにひかれ亡くなった。
後進の際に注意する「バックブザー」が切られていた。
神奈川県内の障害者団体は、この事件を受けて、後進の際に注意を促す「バックブザー」装置の使用の徹底と、低騒音のハイブリッドカーなど、一般者にも対策を求めた。
2015年10月10日 カナロコby神奈川新聞headlines.yahoo.co.jp

日本の高度経済成長期に騒音の問題に悩まされ来た。
人の健康や命に対しても影響あった騒音問題も、技術による騒音問題を緩和した。
「ブックブザー」の後を消す技術や低騒音のハイブリッドカーなどによって騒音問題は解決したかと思えた。
しかし、視覚障害者は音で周囲を判断するため、静かすぎることによって、こうした事故に巻き込まれてしまうケースがある。

私は、この記事を読み、騒音対策が、視覚障害者が周囲の状況を判断するための音がなくなってしまうことを知った。
同時に、周辺に住んでいる人々にとって騒音は苦痛でしかない。

社会全体の幸福のことを考えれば、こうした事故は小数事例であり、今までどおりの「バックブザー」装置を切り、騒音を減らすべきと思う。
しかし、少数者も社会の中の一人であり、誰もがよりよく生きられることは重要である。
音で判断する視覚障害者にとっては、周辺の音は、自分が生きるために必要なものである。
私は、こうした事例は数少なくても、少数者、特に命に関わる部分では、十分な配慮が必要である。

騒音で苦しむ人、知覚障害者という対立項ではなく、幅広い視点、交通規制あるいは道路設計など、新しい視点を持ち、常に自分に問い続け、社会に問題を訴えていくことが必要である。

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