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社会とサブカル コラムノート

社会哲学と生命倫理を軸に、社会批評とサブカルチャーコラムをただ思うがままに書きたいです。

リベラル派の経済観への疑問

2015年、朝日新聞が2016年度予算に膨張予算「痛み」先送り、遠い改革、将来につけという大きな文字に批判している。
確かに、防衛費の増額や低年金者に対しての3万円の給付などには疑問がつくだろう。
しかし、財政規模を縮小して、人々に「痛み」を伴わせることに何も疑問を感じないのであるか。


デヴィッド スタックラー とサンジェイ バス の『経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策 』という著書を今年読み、財政縮小によって公衆衛生も縮小した結果、人々の健康に影響を与えていることを統計データをもとに、生々しく実態を描いた本を読み、私人間の命は「お金」と密接な結びつきがあること出と感じた。
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藤田孝典が出演されたラジオ番組を聞いて、脆弱な社会保障制度によって、高齢者たちが金銭的にもかつそこから生じてくる人間関係が崩壊する話を聞き、政治における財政政策、社会保障制度は人々の命とともに社会の中の共同体関係を守ることであると感じた。
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朝日新聞は、子どもの貧困など、お金がない人々に対して熱心に取材し、企画し、取り上げてきたのにこの書き方にはがっかりだ。
新聞業界は、消費税10%に上げた時に、軽減税率、それもたった8%据え置き程度、の導入することになっているが、そのため1兆円以上の財源が消えているのだと認識すべきである。この2%は、新聞の値段への値下げでなく、新聞の信頼への値下げである。

リベラル派経済戦略として、累進性の強化とその再分配が重要になって来る。
その際に重要なことは、持続可能な制度あるいは給付をし続けること、そして財政は人々の命、健康、生活、社会の中の関係性と結びついていることへの認識である。
リベラル派は、政治の役割への考察、財政政策の位置づけなどについて思想的に考え改めて、現実政治への反映させていくことが、2016年以降の課題である。

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