読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

社会とサブカル コラムノート

社会哲学と生命倫理を軸に、社会批評とサブカルチャーコラムをただ思うがままに書きたいです。

サブカル人間の独り言① 2015年度振り返り

2015年最後の投稿で、今年見てきたことについて、メモを残しておきたいと思う。

①考えさせられた死生観
2015年間、1つが考えたの死生観である。
「プラスティックメモリーズ」では、アンドロイドの回収を通して、アンドロイドとこれまで過ごしてきた人間、そしてその関係を大事に思うSAI会社、、そしてアイラとツカサとの関係について考えさせることになった。
アンドロイドの寿命によって、回収しなければ暴走してしまうことになるが、アンロドイドと過ごしてきた人々の思い出によって別れたくない気持ち、これまでの同じ生活をしていきたいという気持ちについて、様々なあると知った。
いつかは人は死んでしまう。しかし、これまでの積み重ねてきた思い出の深さ、アイラの最後の時までツカサと一生懸命に思い出をつくり生きていく姿に、人は一人では生きていけず、そして社会の中で生死を営んでいることと感じました。

「櫻子さんの下には死体が埋まっている」では、法医学の知識をもとに、謎を解きつつ、同時に骨には込められた死者の思いを読み解いていくことに考え深くさせられました。

「がっこうぐらし」では、町中の人々がゾンビとなり、学校に取り残された4人の女の子たちが生きている今日を楽しみつつ、時に困難に立ち向かい、必死に生きる姿に感動しました。特に、ゆきちゃんが学園生活部のみんなに元気をあたえ、めぐねえの死と今起きている現状に向き合いながら、最後に覚醒し、部員のピンチを救う姿に心打たれました。私がこの場に居たら、生きていることができず、生きることをあきらめてしまうと感じました。

「レーカン」では、霊感を持つ少女天海響と仲間たちが霊たちに左右されながら、霊たちが現生にいる人々への思い、現生の人々の死者への思いが詰まった素敵なお話でした。実際に死者との関わりを持つことができないが、「レーカン」では霊感少女天海響によって、死者と現生に残された人々をつなぎ、それぞれの思い、それぞれのメッセージがあり、死生の中に人間関係ありと思いました。

②作品に関わるの人々の「プライド」
「SHIROBAKO」、「冴えない彼女の育て方」、「それが声優!」など、作品に関わる人々の思い、それぞれの職業の「プライド」について改めて感じました。「SHIROBAKO」はアニメ製作全般、「冴えない彼女の育て方」は同人ゲームができるまで、「それが声優」は浅野真澄さんの体験に基づく実体験としての声優界のリアルを感じました。
声優のラジオ、テレビ東京「アニメマシテ」などを見て、作り手が「プロ意識」を持ち、作品制作に対する思いなどを触れる機会が多く、これから社会人になっていく私に、その職場の中で、自分の「プライド」を持ち、労働に向き合いたいと思いました。

この他にも日常系は「ご注文はうさぎですか」、「のんのんびより」、「working」、「幸福グラフティ」、アニメオリジナル「Charlotte」、「えとたま」、その他として「デュラララ」、「ファフニール」などたくさんの作品に触れてとても楽しかったです。

不定期に、自分の見てきた作品から自分の感想(ほぼ無意味かつ作品そのもののプレビューや批評とは関係はない)を記述していきます。
このブログは主に週一更新、月4~5本記事を載せることができたらいいなと思い、2016年度もがんばります。

広告を非表示にする