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社会とサブカル コラムノート

社会哲学と生命倫理を軸に、社会批評とサブカルチャーコラムをただ思うがままに書きたいです。

保育士の労働への対価の妥当性

年収ラボによると、平成26年度平均月収は22万円、ボーナス57万円、平均年収317万円である。
勤続年数は約7.6年と低く、平均年齢が34.8と働いている人々の年齢は若い。
このことを考えると、大学や短期大学で資格を取っているのにかかわらず、勤続年数は低く、それは様々な要因はあるが、働くことの苦労がうかがえる。
現場の保育士は仕事にやりがいを感じるが、給与が低いことでモチベーションが上がらない問題がある。
福祉サービス事業は、利益を生み出すことは難しい。保育サービスを受ける側も、両親で働かなければならず、経済的に困窮している場合もあり、受益者から徴収することはできない。それは公共性に反しているのではないか。

保育園は、共働き世帯が働くために必要なことであり、子どもにとっても子ども同士や保育士の触れ合いによって社会化を促すことができる「公共性」あるものである。その「公共性」ある保育園を市場原理によって、サービスの受益者が徴収することは妥当なのか。あるいは、子どもを育てることは公共性があるから、または昔、母親が育てており、その時は無償でやっていたから、低給与でも妥当と考えるべきなのか。
そうはあってはならない。人々の福祉に関わる部分にかかわる仕事は、もっと労働への対価を支払うために、公的機関がその対価を払えるように支援しなければならない。

尾木直樹によると、とあるラジオ内で、幼稚園資格を持っている人が保育園で働いた時、なにも出来なかったことを紹介し、保育士は専門職だと評論したことがある。保育士は、生まれたばかりの6カ月から6歳まで預かり、その期間子どもたちは予想不可能な行動をとり、一歩間違えば事故に遭い死に至る場合もある。
そう考えると、子どもの命を預かる保育士の待遇を良くすることが必要であり、それは「公共性」があることだ。

引用
nensyu-labo.com

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