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社会とサブカル コラムノート

社会哲学と生命倫理を軸に、社会批評とサブカルチャーコラムをただ思うがままに書きたいです。

スポーツと賭けごと~勝敗=金銭という動機づけの懐疑~

 プロ野球読売巨人軍が自分のチームの公式試合の勝敗を対象に現金の授受を行っていたことが明らかになった。時事通信社によると試合前の円陣で掛け声担当した選手が、その試合に勝った場合は他の選手から5000円ずつを受け取り、負けた場合1000円ずつ払う仕組みになっている。
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 日本テレビ系によると、このやりとりは2012年から始まり、金銭のやり取りは、チームの成績が悪かった時から始まり、その後も、成績が良くなってきたので定着していったとある。
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 NPB(日本野球機構)は賭博にあたらないため、去年の11月の報告に記載しなかった。巨人軍は「八百長につながらない」としたがこのやりとりを禁止したとある。
 
 私は、この問題は、この自軍の試合を賭けごとの対象にしたことである。それは、もちろん試合を賭けごとにしたということであるが、その賭けごとが試合の動機づけとして利用したことである。2012年ごろ成績が悪かった時に始まり、成績が良くなって定着してきたとみると、ゲン担ぎであるかもしれないが、私は自分のチームが勝つための動機づけとして利用していたのではないかという疑念を持ってしまった。
 試合に勝つために、バットで点数を取る、投げて抑える等、勝つ=お金という動機付けで行われているとなるとそれはスポーツマンシップに反しているのではないか。それは対戦相手に対して、そして見ているお客さん(特にファン)にとって失礼なことである。
 スポーツを賭けごとの対象にしてしまうとその動機づけが勝敗=金銭と結びつけてしまう懸念がある。もちろんより成績を収めることで報酬をもらうことは悪ではないし、それによって生活している者にとってはお金はスポーツを続けるうえで必要な物であり、生活する上で必要な物である。
 
 私は以前マイケル・サンデル(鬼沢忍訳)「公共哲学 政治における道徳を考える」(筑摩書房 2011年)を引用し、政治と宝くじの問題を述べた。サンデルは、立場が弱い者に対して夢を与える宝くじを売ることは、自由意思による購入しているのかという疑問を提示している。また、政治が宝くじの収益に依存してしまい、増税や財政カットなどの改革をしないことを批判しいた。

asakura-suguru-64214002.hatenablog.com
 
 今回の事件は、自分のチーム内で賭けごとの話で、その動機づけが勝敗=金銭となることがスポーツマンとして問題がある。スポーツ庁は、今回のことを受けて批判している。
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 しかし、文部科学省スポーツ振興くじプロ野球に広げようとしていたこと(野球賭博を受けて、2015年10月に断念)から、勝敗=金銭という動機づけに加担しているので、偉そうなことは言えない。
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 今回の事件から、スポーツの勝敗を賭けごとにして、金銭のやり取り、その勝敗=金銭を基づく動機付けすることに懐疑を向けていくべきではないかと思いました。


 

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