スグルのメモ帳(私って何―自己と社会を知りたい―)

自分の知識を使いコラムを通して、自分と社会を知っていくためのメモ帳です。

自己紹介記事(宮台真司編)

大学生・大学院時代の私がどのような方々の影響を受けて、勉強してきたのかを取り上げて、自分がどのような考え方を
形成してきたのかを紹介したい。

宮台真司
私の都留の大学の社会学科、都留の大学院の社会学部時代、もっとも今現在の私を色濃く形成した人物は社会学宮台真司さんである。大学の一年生夏の時、社会学という学問はどういう学問であるのかを調べるために、宮台真司の『14歳の社会学』(世界文化社)の本を読んだ。昔読んだきりで内容は曖昧*1だが、漠然と社会学者=宮台真司という図式が出来上がり、宮台真司を追いかけることが社会学を学ぶことであると思い込んでいた。

都留の社会学のゼミを選ぶとき、社会学の理論を専門とする教授とゼミがなくって消極的に、宮台真司の『14歳の社会学』にカントや功利主義といった哲学があったので、社会学を極めること、それは哲学を学ぶことと思い、私は社会哲学ゼミ(を選んだ。たぶん、最初は消極的な選択だったが、学年があるにつれて、その選択は間違っていなかったと思う。私は宮台真司の『14歳の社会学』に出会わなかったら、たぶん、ここまで勉強したりしなかっただろうと思う。

宮台真司の分野で興味をもったのは援助交際論、少年犯罪、時事問題をミヤダイ社会学でたたき切ることに痛快さを感じた。
『選択少女の選択』は宮台氏が90年代の女子高生の援助交際問題、性の売買という事象を取り上げたものである。
その『選択少女たちの選択』を読み、90年代の女子高生をめぐるコミュニケーションや学校問題や家族問題の分析は私は衝撃を覚えた。

宮台真司は性の自己決定や漫画規制の反対、90年代の国旗国歌問題、風営法の問題など彼は「自由」を称賛して、当人を自己責任の問題、国家権力が私人の自由を縛ることを懸念するといった「個人の自由」を価値観を重要視しているように思うが、それは表象的な部分でしかない。

私の宮台真司の神髄は、学校や親や公権力が私個人を縛ることによるマイナス機能を着目し、その当事者の自由を形成する実践する機会を失い公権力の肥大化による権力することが個人の主体性を失っていくことを警鐘していることにある。

例えば「新AV法」で、新規に不正な勧誘・契約によって傷つく女性たちを防ぐことを目的にしているが、自らの誇りをもってAV女優している女性にとって、その女性の生きる主体性を奪っていること、メーカー側も規制する権力側を肥大化と恣意化の進行によって、これまで慣行や業界のガイドラインや新しい基準をに則っていても、いつ規制されるのかという懸念から委縮してしまう結果、個人の主体性を結果的に損なってしまい権威に依存する社会へと変化するのだ。

宮台真司さんの援助交際問題は、禁止や規制が結果として主体的な行動して失敗する個人を形成できなくなる社会になることを警鐘を鳴らし続けてきた、知見はこの問題から30年近くになっても得られるものが多いだろう。*2

私も宮台真司援助交際問題をきっけけにして、性の社会現象に着目してきた。売春をデータとして語ることを提唱する荻上チキさん、売春と女性の貧困のルポを得意とする鈴木大介さん、介護や社会福祉における介助者側の性の問題を取り上げている河合 香織 さんの「セックス・ボランティア」、射精介助NPOをやっている坂爪 真吾さん、学術でもミネルヴァ書房の「福祉は「性」とどう向き合うか:障害者・高齢者の恋愛・結婚」といった本も登場していており、私は様々な性の社会現象の本を読んでいる。
こうした問題意識を自主的に知識を取得しようと始まったは、宮台真司氏の影響であり、それは今現在と変わらない。

この他にも、宮台さんを追いかけて、次取り上げる宮崎哲弥さん、宮台門下生である鈴木弘輝先生と鈴木謙介さん、仕事中もの藤井誠二さんや神保哲生などに出会い、社会問題に関心を持ち続けることができた。

私は、宮台真司さんみたいな社会学的な切り口で文章を書きたいと思い、宮台中心に学び続けてきた。近年、宮台さんの言説もイマイチなことが多く、あまり見ないようにしているが、私が学生時代から築き上げてきた学びの指標出会った事実は忘れていないし、感謝を述べて、終わりたい

*1:アイドルオタクは土日休みである市町村の公務員でが多いこと、ジブリ作品や映画の分析があったことはうっすら覚えている

*2:『制服少女たちの選択』の再販してくれ!!!