スグルのメモ帳(私って何―自己と社会を知りたい―)

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富良野市議会の「蛇神ちゃんドロップキックX」の内容巡り、一般会計決算を不認定になったニュースの雑感

富良野市議会の「蛇神ちゃんドロップキックX」の内容巡り、一般会計決算を不認定になったというニュースが流れてきた。

北海道新聞によると

富良野】市議会の決算審査特別委員会(宇治則幸委員長)は15日、2021年度一般会計決算を不認定とした。市がふるさと納税で制作費を募り、今夏に放送されたテレビアニメ「邪神(じゃしん)ちゃんドロップキックX」の富良野編の内容が不適切だと判断した。

市議会事務局によると、決算の不認定は04年度の一般会計(審議は05年)以来で17年ぶり。採決では認定と不認定が7対7の同数となり、委員長裁決で不認定となった。

争点となったのは、アニメの制作委託料3300万円。討論で佐藤秀靖氏は「邪神ちゃんに借金があるため臓器売買を提案するなど社会通念上許されない行為が多くあり、富良野のイメージを落としかねない」と主張。一方、認定の意を示すため起立したある委員は「あくまでアニメの中の話。一部分だけを切り取って議論するのはよくない」とした。

「邪神ちゃんの内容不適切」 富良野市議会委、アニメ巡る決算不認定:北海道新聞 どうしん電子版

邪神ちゃんドロップキックについて

邪神ちゃんドロップは、作者ユキヲさんによる「COMICメテオ」内で、2012年より連載している漫画で、2018年にはアニメ化されて、現在3期まで制作されている。
作品の内容は、魔界の出身者の悪魔・邪神ちゃんと彼女を召喚した花園ゆりねを中心にしたドタバタコメディ作品である。ゆりねによって召喚された邪神ちゃんは、召喚者であるゆりねを殺すために日々様なことを行っているが、ほぼ失敗し、その二人の共同生活と神保町を舞台に魔界や天使、人間といった個性が強いキャラで織りなすギャグ作品だ。

邪神ちゃんドロップキック (じゃしんちゃんどろっぷきっく)とは【ピクシブ百科事典】

私は、「邪神ちゃんドロップキック」は三期から見始めたが、邪神ちゃんとゆりねの関係性と個性的なキャラが織りなすギャグがとても好きだなと思った。余談だが、私はコロコロコミックを高校卒業するまで買って読んでいたこと、ケロロ軍曹が好きであったこともあり、私は「邪神ちゃんドロップキック」はその類に入る作品である。ギャグマンガであると分かっているため、バイオレンスで流血や切断シーンを得意としない私が、安心してみることができる作品だなと思った。

邪神ちゃんははじめ、「邪神ちゃんドロップキック」は常識人が少なく、社会通念上の道徳を持ち合わせていないキャラクターを持っているのは誰一人いない。
そんな作品とコラボする上で理解していたかもしれないが、北海道新聞のなかでも触れているように『討論で佐藤秀靖氏は「邪神ちゃんに借金があるため臓器売買を提案するなど社会通念上許されない行為が多くあり、富良野のイメージを落としかねない」と主張。「邪神ちゃんの内容不適切」 富良野市議会委、アニメ巡る決算不認定:北海道新聞 どうしん電子版「邪神ちゃんの内容不適切」 富良野市議会委、アニメ巡る決算不認定:北海道新聞 どうしん電子版』と臓器売買というのは流石に想定しておらず*1*2、このアニメ内容に予算を許すこと=臓器売買を許した市政というラベリングされる懸念はあるのかなと思わなくはないですね。

価値判断はどこまで適応可能なのか

臓器売買を匂わすアニメ内容の制作委託料に関する予算を市政として、通すべきかどうかでいえば、私は通しても良いのではないかなと思う。
もともと、ハイテンションバイオレンス作品である「邪神ちゃんドロップキック」において、そもそも主人公の邪神ちゃんは召喚者であるゆりねを殺して魔界に帰るため、日々殺害を匂わしている作品であり、その邪神ちゃんを容赦なくボコボコにする作品であるし、邪神ちゃん含め人間の道徳とかけ離れたキャラクターが多い。「邪神ちゃんドロップキック」を見ている人はこうしたキャラクターが織りなす関係性とギャグを楽しんでいるので、邪神ちゃんが臓器売買でその借金返済しようとする姿は今さら何という感覚である。
だから、私は富良野市のイメージ悪化する懸念はナーバスかな感じる。

ただ、「パリピ孔明」ゲリラライブシーンを受け入れられなかった理由から探る、人それぞれの「リアリティライン」 - Togetterのように、アニメの演出が、それがフィクションであっても現実であれば許されない描写があるとき、それを人はどう受け取るべきかという問いは残るのかなと思う。
それに対して、私はこのようなコメントをしたことがある。

「パリピ孔明」ゲリラライブシーンを受け入れられなかった理由から探る、人それぞれの「リアリティライン」

リテラシーとしては、間違いではないけど、フィクションはフィクションとして、現実の生活空間の倫理だったり、法律だったりをどこまで貫徹するべきか、認識できるのかが、気になります。

2022/06/28 11:32


今回の富良野市議会の決算審査特別委員会の議論は、臓器売買は違法というリテラシーを持っており、それを貫徹するために、そのアニメ内容が市の予算として相応しくないという判断は実は間違いではない。むしろ、正しいことである。
問題は、富良野市議会の決算審査特別委員会の正しい判断がどこまで普及するのか、ありとあらゆる違法な臓器売買を取り締まるための推進力になるのか、その態度がよりよい社会を築くことができるのか。そのリテラシーをその他の分野まで及ぼすことができるのか。

つまり、リテラシーとしては間違っていないけど、フィクションに現実の生活空間の倫理や法律規範をどこまで徹底して、どこまで認識できるのか。そして、そのリテラシーの態度をどこまで、貫徹して、どこまで適応して、それで社会をよくすることができるのであろうか。

臓器売買は法律で違法な上に、生命倫理的にいうならば、臓器が「部品」として「商品」となることを意味し、それは望ましくないものである。
だが、「邪神ちゃんはドロップキック」は殺人教唆、暴行罪、傷害罪、公務員の職務放棄だったり、現実の法律を違反している描写があるが、それを見た人や他の「邪神ちゃんドロップキックX」とコラボした市町村がそのアニメ制作委託料に関する予算を市政として通しても、その違法性を容認しているとみなされないはずだ。

もちろん、「邪神ちゃんドロップキックX」が臓器売買を匂わすことに落ち度はあったと思う部分もある。またAならばBを出すことは問題の相対主義化してしまい、問題提起を封じる可能性があるため、あまりよろしくはない。

ただ、もしも物事を判断したその価値観をどこまで徹底できるのか、それに該当する事態とそうではない事態の差異は何か、その価値判断はどこまで適応可能なのかを常に心の中において、物事を考えることが大切なことだと思う。
そして、富良野市議会の「蛇神ちゃんドロップキックX」のニュースをきっかけに、私なりの考えを整理して、ブログ化してみた。不徹底な部分はあるが、長くなりそうなので、今回はここまで終わりたい。長文失礼しました。

*1:作中では臓器売買は未遂で終わる。

*2:日本移植学会のホームページによると日本においては1997年の臓器移植法(正式名称は「臓器の移植に関する法律」)により、臓器売買は禁止されています。すなわち、「臓器売買の禁止、罰則:臓器提供の対価として財産上の利益を与えたり要求してはならない。違反者は5年以下の懲役または500万円以下の罰金に処する。その他、書面作成などにも罰則が適用される。」とされています。その他|臓器移植全般|臓器移植Q&A|一般の方|一般社団法人 日本移植学会